ネットで「斎藤まさし」で検索すると、ほとんどネガティブ情報ばかりで、反論する本人の情報が無いために、それがほぼ事実のように流れている。

彼は何度かテレビや週刊誌などに登場しているとのことだが、積極的に反論してこなかったように思え、そこに小沢一郎氏との共通点があるんだと思う。また、考え方や政策なども、かなり小沢さんと近いものを感じて、ツイキャス中継の前後30分ずつ、計1時間くらいは中継なしで話していて、中継が終わって彼に小沢さんと対談してみないか聞いてみたら「ぼくはいつでもOKですよ」ということだった。

彼は何度かテレビや週刊誌などに登場しているとのことだが、積極的に反論してこなかったように思え、そこに小沢一郎氏との共通点があるんだと思う。また、考え方や政策なども、かなり小沢さんと近いものを感じて、ツイキャス中継の前後30分ずつ、計1時間くらいは中継なしで話していて、中継が終わって彼に小沢さんと対談してみないか聞いてみたら「ぼくはいつでもOKですよ」ということだった。
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そんな斎藤まさしインタビュー書き起こし第二弾は、国際的な活動をしてきた人であり、信念の人だという事がよくわかった。
彼の国際的な活動や熱い思いなど、圧倒的なスケールの大きさを感じるとともに、彼のいう革命=富の再分配を実現させるための道筋や政策をしっかり自分のものとして持っている方で、ただの活動家ではないと実感した。
この書き起こしは、前回と合わせて半分くらいしかできてないが、ツイキャスへのアクセス数が4万になろうとしていて、多くの人に接していただいたので、あとは随時取り上げていくようにしたいと思う。
*****
***
***
*****
(以下、書き起こし)
35:00~
飛鳥麻(以下、私)
山本太郎さんと三宅洋平さんの選挙の話は、本当はもっと聞きたいのですが、今日は、ブログにも書きましたが斎藤まさし氏のいろいろな疑問についてということなので、その辺をお聞きしたいと思います。
私も昨年の暮れから、藤島氏を通して斎藤さんの事は少しだけ聞いていて、ただ、あの人が山本太郎の選対とかで表に出ちゃうとヤバいなあ、とずっと思ってきた。渋谷では、かなり演説をぶち出して、これは困ったなあということで、一回目のブログエントリーに「あまり表に出てこないでください」と。
2回目には、かなり辛辣な事も書きました。ネットの情報プラス我々の仲間であるツイートテレビの服部さんが言ったことなど、その辺についてお聞きしたいと思います。
今回の週刊文春の記事は読まれたということですが、まず、その記事に対しての感想と反論をお願いします。
斎藤まさし氏(以下、斎藤)
まあ裏選対なんてというものは、太郎くんにも洋平くんにもありません。で、僕の経験した中で、選挙を一番変えたのは、一にケータイでしたね。携帯電話。あれが普及する前と普及する後では、選挙がゴロッと変わりました。
それから今回ネットの解禁。
僕の経験した中では、この二つが大きく選挙を変えたものだと思っています。つまり、どういうことかというと、…ケータイが普及すると…(音声途切れる)
選挙の中心になる人はですね、事務所に座ってたんです、ずうっと一日中、選挙期間中ね。それでなきゃ連絡は取れない。それと、やっぱり選対というか、会議が裏も表も含めて、会議が必要だったんです、毎日ね。ケータイが普及してから、もう会議なんていらなくなりました。
で、はっきり言えば、ぼくは選挙カーに箱乗りしながら支持を出すということもできるようになったので、もう会議なんていらなくなったんですよ。だから選対なんかいらなくなった。まあ、ボランティア選挙の場合ね。だから、そういう意味ではケータイは大きかったです、革命をおこしました、選挙については。
それに次ぐのは今回のネットの解禁だと思っています。
だから、はっきり言ってぼくは選対なんて作ったことはないんです。
選対というのは、だいたい組織図ができるんだけど、ぼくは「選対責任者」だとか、何とかといって肩書つけて選挙をやったことはないです。いつも、一ボランティアでしか選挙やったことがないんです。
私
ネットにもよく出てきますけど、その週刊文春にも書いてありましたが、一番ひっかかるのが、荒岱介(あらたいすけ)さんとの対談で、「選挙をやる目的な何か」と…
斎藤
革命です。
私
ええ、革命ですと、別々の時に語っているんですが、ポルポト政権の支援したと、毛沢東思想、いうことが別々だけど、それが結びついている。
この情報はいろいろなところで拡散しちゃってますか…
斎藤
ぼくは、テロっていうか、なんていうかな、暴力的にやられたことはあるけど、僕から暴力を受けた人間は一人もいないと思います。ていうか、絶対にいません。
ぼくは、あのー、武装闘争というとあれだけど、革命のために武器を使うって事に関して、世界的に言うと否定できません。
それ以外に方法がないという、つまり選挙がないっていう、公正な選挙が無い国っていうのはいっぱいあるんですね。
ぼくは実は、フィリピンの反マルコス革命(エドゥサ革命)の時は現場にいました。
荒さんとの対談でも、その話はしてますけど、ポルポト支持というのは事実ではありません。
ぼくが、ベトナムのカンボジアへの侵攻に対して反対した事は事実です。その時は、世界中が当時の民主カンボジア政権を国連も含めて支持したんですね。これはベトナムの侵略だっていうことで…。
当時は僕はだから、共産党以外、自民党から当時、自民、公明、社会、民社含めて、共産党はダメだったけど、それ以外全部の政党の人には参加してもらって、
「カンボジア記念センター」というのを田さんを事務局長になってもらって、つくった事は事実ですよ。
実際にタイとカンボディア国境に行って、医薬品だとか着るものとか、食料だとか運んで難民救援してたことも事実ですよ。その時、アグネスチャンが協力してくれたんですけどね。
その時は、別にポルポトだけを支持してたわけじゃないです。シアヌーク派とかソンサン派とかあって、全部接触しました。あそこの国境地帯に物を届けるためには、その人たちの了解というか、取らないと入れなかったんです、あとダイ軍ですね。ここと繋がんないと入りようがなかったんです。
当時、園田さんという人が外相してて、その人と話をして大使館にも協力してもらって、そういう活動していたのは事実です。
それを随分叩いてくれたのは共産党なんだけれども、共産党こそが、実はインドシナの革命を全部支援してて、その時はポルポト政権を含めて支援してたというふうに僕は思っている。で、ぼくは逆に、ベトナムがカンボディアに入るまでカンボジアとの付き合いは一切ありません。ただし、ベトナム反戦運動は必死でやってました。というのが経過としては事実ですね。
まあ、ポルポト派の幹部とも会ったことはあります。ポルポトさんとは会ったことはないですね。イエン・サリとかの奥さんというのが外務担当だったんで会ったことはあります。シアヌークさんとは直接折衝しました。
私
シアヌーク殿下?
斎藤
はい、だから手紙を何度かもらったことはあります。
私
結構、曲解されて広がってますね。
斎藤
ただ、ぼくはそのカンボジアが、ポルポト政権が、300万人虐殺したとかは、あまり信用してないんです。
私
ああ、そうなんですか。
斎藤
ええ、これを誰が言い出したかを考えたらいい。
ベトナムとアメリカですね。
これは、もうはっきり言って誰にもわからないことです、今となってはね。
ただ、あの当時、事実の問題として、アメリカがあの地域、カンボジアを含めてですが、ものすごい爆撃をしたわけです。北もカンボジアもですね…。
カンボジアは当時、800万人と言われてたんですけど人口が…。そのうちの300万人以上が農村が爆撃されるもんだから、ゲリラ以外はみんな当時のプノンペンに逃げ込んだんですね。で、解放というかプノンペンを解放したのはいいけど、350万人の人間がみんなプノンペンにいて、農村はモノも作れない状態に置かれたわけです。しかも、封鎖されちゃったから外からの食糧もない。そういう中で強制労働だとかいろいろ言われてるけど、食糧がなかったことは事実だと思ってるんですよ。
だから、死んだほとんどの人は、飢えとマラリア、病気だと僕は思ってるんですよ。だから、何とかしたかった。あの時にモノ持って行ったのも、そういうことなんですよね。まあ、それを言われてるのかもしれないですね。ベトナム、カンボジア戦争が起こるまでは一切、カンボジアとの付き合いはないです。
私
後は、週刊文春にも載ってまして、いろんなところに載ってますが、ハイジャック犯と拉致加害者との間に生まれた森大志氏を三鷹市議選に担ぎ上げた、ネット情報では、金正日に一億円持って行ったんだと…。
斎藤
ウソですから、ありえないよ。
そんな金があったら、僕は選挙に使いますよー。日本の革命のために使いますよー。そんな金があったら今回新党できてるから…。
私
ハイジャック犯に会えたという事が怪しいと…。
斎藤
簡単な話で、別に会おうと思えばいつでも会えます。誰でも会えます。飛鳥麻さんが会おうと思えば会えます。
で、別に北に渡航することはできます。僕が行ったのはですね、小泉訪朝の前なんですよ。小泉訪朝の前一回だけなんです。
その頃は、実は拉致の問題は表に出てませんでした。日朝国交正常化が、ある意味では政界のブームになっていて、まあ、金丸訪朝団とか覚えているかわからないけども、自民党の金丸さんとか、当時の野党第一党の社会党の田辺とかですね、与野党一緒になって、日朝国交正常化に動いてた時なんですね。
ぼくのオヤジは今の韓国の南で生まれてるんですね。生まれて42まで向こうにいた人間で、もちろん日本国籍で、元々は日本にいたんですけれど、植民地になった初期のころに、直後だと思いますが、その時に僕の爺さんが渡ってて、まあ、それはアエラにも出てますけども、オヤジにいつも自慢話を聞かされてたわけですよ。逆にいうと、いかに日本人が朝鮮人をだしに、良い思いをしてたかっていう事をずっと聞いて育ったわけですよ。
だから、まあ、はっきり言って植民地支配ということに関していうと、ぼくは沖縄と韓国、北朝鮮には20世紀の間は行ってないんですよ。一回、トランジットでヨーロッパに行くときに、韓国にちょっと寄ったことはあるけど、その頃は重武装で南北対立が激しくて…。
ぼくは、やっぱり、この二つに対して、どうしても「関わると大変だなあ」というのがあって、と行かなかった
怖くて20世紀の間は行きませんでした。
初めて21世紀になって沖縄にも行くようになったし、金大中さんが政権と直前だったかなあ、彼の国際会議に招かれて行ったんです。
それで韓国は見たので、北朝鮮も見たいなと思って行きました。ちょうど国交正常化の機運がすごい高まっている時だったので、非常に行き易い時期でもあったので行ったんです。
その頃、よど号とみんな会ってたんですよ。青年の船でも、ピースボートでも、とにかくもう、みんな会ってたんですよ、会いたい人はね。おれも昔、学生運動やってて、彼らと知ってる人もいたから、繋がってる人もいたから、「会いたい」と言ったら会えたんですよ。
その時に、ちょうど彼らの娘、3人の娘が、あとで20何人いるというのは後でわかるんですけど、その時に子供がいるという話が出てきて、3人の娘に向こうで会ったんです。
そのうちの一人が大志くんのお姉さんだった。会って話して、その子たちが帰ってくるということで、ぼくは、一宿一飯というか、うまい冷麺の店に連れてってもらって、案内してくれたっていうこともあって、そのうちの一人が大志くんのお姉さんだった。
いろいろ話もしたんで、「日本にもし帰ってくるなら連絡して」という事を言って、で、帰ってから、よくカラオケへ連れてったり、したんですね、お姉さんたちを…。
そういう事で繋がりができて、どんどん後から帰ってきたんだけど、その弟に大志くんがいたんです。
なんで選挙に出たのかというのは細かい話になるけど、実は僕のところに「選挙に出たい」という若い二人が訪ねてきた事があるんですよ。
で、そのうちの一人がですね、実は、これあのう、自民党が一番持ち上げている、産経新聞が一番もちあげている
台湾で一番尊敬されている日本人といわれる人がいるんです。
八田與一(はったよいち)さんで、調べてもらえばわかりますが、すばらしい人ですよ。
その親戚筋の子が一人きたんですね。で、その子がたまたま税理士試験を受けてたんですよ。で、そういえば、もう一人いたなということで大志くんのことを思い出した。
大志も税理士試験を夜間の大学に通いながら、税理士試験を頑張ってやってて、で思い出したのね、彼のことを。
まあ、仕事もなかなか見つからないというし、苦労してるというのもあったんで、「もしやるなら選挙やってみるか」と声をかけた。というだけの話で、ぼくはその時も言ったんだけど、民主党にも国会で叩かれたので言ったんだけど、親はハイジャック事件に関していうと、「間違ってた」と言ってるよ。
拉致に関して言うと、勝手に第一次安倍政権の時そういう事を言ったけど、本人は否定している。でもまあ容疑者である。確定しているわけでもなく、事実はぼくは知りようがない。
で、僕が一番あれなのは、親が容疑者であろうが、犯罪者であろうが、それは橋下くんもそうだし、もっといえば、こういうこといっちゃいかんけど、安倍総理のお祖父さんは間違いなく戦犯ですよ。
もっといえば、まあ東条英機は自殺したけど、戦犯で巣鴨にいながら命を助けられて、で、CIAからカネもらったことは、これは証拠がある事実じゃないですか。CIAのエージェントだったと、公文書が証明して証拠もある。CIAのエージェントで、それで総理にまでなった。でも、だからといって安倍さんが選挙に出ちゃいけないという事はないわけですよ。
お父さんはよくしってて、晋太郎さんてスゴイいい人だった。関係ないのさ、親がどうであれ、親がどうだから子供がどうのこうのというのは、俺はおかしいと思う。
彼は少なくとも知ってて、付き合ってみて素晴らしい青年だと僕は思っていて、それが親のあれで苦労してたら、やっぱり助けたいというのは自然なわけで、ぼくは、そういう若い子たちがとにかく選挙に出て政治に関わることは、すごく大事なことだと思う。
まあ、その子と二人、八田與一の縁戚の子と彼を両方とも三鷹に出したんです。今でも二人、めっちゃ仲いいですよ。だから、僕はそれは全然問題ないことだと思っています。
私
拉致被害者家族の人たちから、スゴイ言われ方してますよね。
斎藤
だけど、家族に人たちにそれを知ってほしい。
逆に本当に立ち問題解決するには、ぼくはずっと言ってるんだけど、最も有効な方法は…、
今、なんで飯島くんは、飯島元秘書官は、何で北朝鮮に行き、今も接触しているのかと僕は言いたい。
何のためですか?と。それはやっぱり解決のためでしょ。で、僕はずっと言ってるんだけど、最も拉致問題を解決するのに、今、有効な方法は、やっぱり国交正常化と絡めて交渉するべきだと僕はずっと言ってるわけ。
やっぱり国交正常化はどうしてもするべきだし、もし、あそこに、もともと38度線というね、第二次大戦の負の遺産がなければ、拉致問題なんて起こりえなかったんだから…。
やっぱり、そこを何とか解決することが、一番根源的な解決だし、二度とこういう問題が起こらないようにするには究極的にはそれしかないんですよ。
38度線が無くなる日を一日でも早くする。直接的にいうと、日朝の国交正常化の交渉を進めることですよ。
国交正常化したらね、拉致問題は隠しようがなくなるんだから…。
北がよ、いくら情報統制したって、今ケータイだって向こうにあるわけだし、自由に往来ができるようになったら、誰が生きてるか、残っているか、もし、生きていればですよ、もう隠しようが無くなりますよ。
ぼくは、そう思ってるから…。
たとえばヨド号の人たちが、そのために役に立つことがあれば、使えばいいと思う、はっきり言って。
そこに関して言うと、大志くんが選挙に出たことと、拉致の問題に関しては何の関係もないけども、北朝鮮とあらゆる方法、あらゆるパイプを持って、信頼関係を少しでも築いて交渉するべきだと、ぼくは思っています。でないと、いくら制裁したって、制裁だけやってたら絶対に無理。言ってるじゃないですか「対話と圧力」だって、安倍政権だって。それは、もう外交の「いろは」ですよ。
私
そのヨド号ハイジャックの子供だとしても全然関係ないですね。
そういう人も選挙に出し…、斎藤さんがいろんな人を、市民を政治家に仕立て上げるじゃないですか。
斎藤
仕立て上げるっていうのもおかしい。本人がやりたくなかったら無理だから…。
私
なんというか、さっきの続きなんですよ、これは。
市民を仕立てあげるじゃなくて、市民が市民ための選挙。
自民党は業界団体とか官僚とか、民主党は組合とか、私は「柵(しがらみ)」という表現をするんですけど、そういうのじゃない、やっぱり市民がボランティアとカンパでね、そういうふうな方向で政治にいかないと世の中の政治は変わらないんだと、仰ってますよね。それは結局、選挙を通じた世の中の革命だと…。
斎藤
僕は、はっきりと革命だと思います。
私
それをしたいということですね。
斎藤
何を革命するかという、簡単な話で、革命とは何かということなんです。
僕がさっき言ったように、まともな選挙が無い国で、武器を持つ人たちがいることを僕は否定できません。
僕にはできない。はっきり言ってそんな度胸もないし、死ぬのもイヤだし。人を殺すのはもっと嫌だから…。僕にはできないけど、そういう人たちがいることを否定できません。もっと言えば「テロ」に関しても、ボクは否定できない。
荒さん(との対談の)時にも言ったけど、例えば911に関して、ぼくは全国の自治体で、あの時に抗議決議が上がったんだけど、ぼくは「市民の党」の公認に通った人たちに言いました。もし、それに賛成するんだったら、市民の党を辞めてほしいと…。
なぜか。
じゃあ、アメリカがやってることはテロじゃないの?
国家テロでしょ、これは。
で、それに対して同調する人たちが、第三者っていうと悪いけれども、それを巻き込むのは間違いだとぼくは思ってるから、それ以外に抵抗できない人たちが自爆テロをやる事に関して、ぼくはそれを否定できない。
まあ、ある意味でいうと最後に神風特攻隊で死んでいった若い人たち、多くは志願じゃないけど、中には志願して死んでいった若い人たちもいたわけじゃないですか。
僕はそういう人たちの話も聞いているんで、僕にはできないけど、ぼくは志願できないと思うけど、それは否定できないんですよね。
でも、革命って、要は、社会的な富の不公平な配分、ごく一部の人たちに不当に富が集中するっていうことが、ぼくは社会のっていうか、世界の大きな問題の根源だと思っているわけ。今の世界の最大の問題ってそれなんですよ。
私
99%と1%ということですよね。
斎藤
まあ、8割ですよ。
1%から2%の間の人たちが、あまりにも大きな富を集中してる。これが世界の経済破綻の根源ですよ。で、革命ってのは、肝心な話、これを再配分することだと僕は思うから、一番、基本的には僕がやりたいことは、それだけなんですよ。
私
なるほど、その理想とする、今の現状の日本の政治とか、いろんな「しがらみ」があるんですけど、斎藤さんが理想とするもの、社会主義とか…。
斎藤
社会主義なんて、ぼくは、はっきり言って「社会主義とは何か」ということを、説得力を持って言える人はいないと思ってるんです。
私
日本は社会主義だとある時期言われてましたが…。
斎藤
誰も見た事ないんですから…。社会主義なんて世界で実現したことは無いんだから。
日本くらい先進国で社会的な富の再配分がうまくいった国って実は無かったんですね。それは1950年代から1980年代までの、日本の右肩上がりの経済成長で証明したわけ。だけど、これが社会主義とは言えません。
これを国家社会主義だという人もいるけど、社会主義だとは思わない。
すごく民主主義だったんですね。で、これは何が一番大きかったというと、今の憲法の事をいろいろ云う人はいるけど、僕は戦後の革命っていうかね、日本が戦前と戦後で一番変わったのが、税制だと思っているんです。
これは「シャウプ税制」って呼ばれているんですけど、1930年代の世界大恐慌の中で、その発端であったと同時に一番最初に抜け出したのがアメリカ合衆国だったんですね。
これは何によってそれが可能なったかとよく云われるんですけど、「ニューディール政策」ですよ。
で、ニューディール政策って公共事業と言われてますけど、実は公共事業だけじゃないんですね、公共事業と大衆減税を組み合わせたんですよ。だから効果があったんです。非常に加速したわけですね。
だから、一番最初にあの大恐慌から抜け出したんです。でも、実はそれでも、あのニューティールをやった人たち、まあ、ニューディール左派と云われる人たちなんですけど、「ピューリタニスト」ですよ、清教徒たち。
ニューディール左派って云われた人たちは、実は占領軍とともに日本に来たんですね。いろんな人たちがいたわけなんだけれども、今の憲法を作った人たちもそうだったんだけれども、まあ、シャウプさんという学者さんが、アメリカでも実現出来なかった税制を日本に持ち込むんですよ。
それが「総合累進課税」、俗にシャウプさんの名前から「シャウプ税制」と云われてます。これは、世界で最も先進的な税制だっと思います。総合累進課税として。
いま総合累進課税を、算盤しかなかった日本でですよ、できなかったことも今はパソコンがあり、コンピュータのスパコンがあるんだから、マイナンバーまで入れちゃうんだから、あの総合累進課税の思想と精神を今の日本で入れたら、デフレなんて一発で解消できると僕は思ってるんです。
総合累進課税というのは、消費、所得、一番ここだ大事なんですが、資産まで含めて累進でトータルで課税するんですよ。
ぼくは今、一番大事なのが資産管理だと思っているんだけれども、実は消費税を入れた時には、こういうことが言われていたんです。
消費、所得、資産に渡って薄く広く課税すると…。
だけど、資産課税は一回「土地課税」をやったけど、結局すぐになくしてるんですね、資産課税は実は全然やられてないどころか、全く野放しの状態なんです。
不動産はあるけれども、金融資産に関しては全く課税されないんですね。
資産課税をしなければ、社会的な富の再配分はできないですよ。
革命っていうのは簡単な話で、資産に土地も含めてですよ、大金持ちの資産を没収するんですよ。没収して、貧乏人、小作人には土地を与えて、金持ちから没収したおカネを配るんですよ。
毛沢東がやったのは土地改革なんですけど…
ぼくは菅さんに大ゲンカした時に提案したのは、「とにかくデフレ脱却を3年間でやろう」とそのためには20兆円の減税をしないと、需給ギャップは埋まらないと、デフレっていうのは、要するに需給ギャップがおこることなわけで、供給に対して消費が足りないってことがデフレなわけですよね。
今、それが20兆と云われてますが、逆にいうと、20兆円をもっとも消費性向の高い低所得者層、資産が無い層に減税すれば、ほぼ確実にデフレ脱却できるわけですよ。
彼はそんなことは「財政がきついからできない」というけど、結果をみれば明らかですよ。自民党より財政をもっと悪化させてるじゃないですか。
はっきりさせればいいわけ、僕が言ってたのは、マイカード(マイナンバー)に関しても入れるべきだと、まあその時はマイカードとは云わなかったんですけど、(「国民総背番号制」)、今回のマイカードは逆に金融資産は把握できないんですよ。所得だけなんです。しかも余計な個人情報ばっかりとるんです。
そんな必要はないんで、一番大事なのは所得と同時に金融資産を把握すればいいんです。スパコンとすべての金融資産がオンラインで繋がっているんで、歳入庁作って、そこにスパコンを置いて、金融機関のオンラインと繋げば、敢然に把握できるんですよ。まあ、そういう提案をしたわけ、菅さんにね。
彼は、ほとんどOKしたんだけども、ダメだったのは消費税の生活必需品の非課税化、それと金融資産課税を否定した。
この二つが肝なんですよ。
この肝がダメだった彼は。
それ以外でも俗にいわれる「トービン税」為替課税ですよね。
ようするに海外資産から逃げるということを阻止し課税するということ、もっというと課税の具体的な税制改革の対案はぼくにはあるんだけど、細かくなっちゃうから言わないけど、鍵はね、1%に集まっている400兆円、これは僕の推測。
これは政権とってもね、絶対に出してこないわけ。
金融資産、約1500兆円のうち、キャッシュだけ金融資産だけで1億円以上持っている人間が何人いるのか。
それから分布はどうなのか。課税の税率を決めていかなければいけない。ぼくは高度の累進性で資産課税するべきだと思っているわけ。
たとえば1億円の人は0.01、つまり10万円でいいということですよ。
100億の人は1億、1割かけちゃえ、と金融資産ね。
1000億の人は200億かけてとったていいと。
使い切れるわけないんだから。
だから高度の累進性にすべきだっていうのがぼくの意見で、僕の推測では400兆以上ある、1%の人々が…。
だけど絶対に財務省は出してこない、政権とっても出てこない。それがどのくらいのカーブなのか、絶対に出てこない。これが最大の秘密なんですよ、この国の。だけど1500兆あることは確か。ぼくは土地資産には課税する必要はない、デフレだから。
だから、この金が土地に回ってもいいわけ、投資に回ってもいいわけ、もっといえばね。金融資産に課税しちゃって、たとえば企業買うんだったら、それは消費税で入ってくるから。逆に消費税は生活必需品をゼロにできれば、20%まで上げてもいいと思っている。ただしデフレが脱却した後。
デフレまでは20兆、恒久減税しちゃうわけ。デフレ脱却したら消費税を段階的に上げていくと同時に金融資産課税をやる、断行する。
そこをはっきりすればいいわけですよ、事前に、「こうしますよ」ということを言って、そうすれば、確実に財政再建の計画は立つわけだから、これで円が暴落したりはしないと。株が暴落したりは、一般的にはしないはずだと思っているんです。
(以上、書き起こし)
後半映像
7/25 ②斎藤まさし氏インタビュー(ネットメディア初)2013
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*****(以下、書き起こし)
35:00~
飛鳥麻(以下、私)
山本太郎さんと三宅洋平さんの選挙の話は、本当はもっと聞きたいのですが、今日は、ブログにも書きましたが斎藤まさし氏のいろいろな疑問についてということなので、その辺をお聞きしたいと思います。
私も昨年の暮れから、藤島氏を通して斎藤さんの事は少しだけ聞いていて、ただ、あの人が山本太郎の選対とかで表に出ちゃうとヤバいなあ、とずっと思ってきた。渋谷では、かなり演説をぶち出して、これは困ったなあということで、一回目のブログエントリーに「あまり表に出てこないでください」と。
2回目には、かなり辛辣な事も書きました。ネットの情報プラス我々の仲間であるツイートテレビの服部さんが言ったことなど、その辺についてお聞きしたいと思います。
今回の週刊文春の記事は読まれたということですが、まず、その記事に対しての感想と反論をお願いします。
斎藤まさし氏(以下、斎藤)
まあ裏選対なんてというものは、太郎くんにも洋平くんにもありません。で、僕の経験した中で、選挙を一番変えたのは、一にケータイでしたね。携帯電話。あれが普及する前と普及する後では、選挙がゴロッと変わりました。
それから今回ネットの解禁。
僕の経験した中では、この二つが大きく選挙を変えたものだと思っています。つまり、どういうことかというと、…ケータイが普及すると…(音声途切れる)
選挙の中心になる人はですね、事務所に座ってたんです、ずうっと一日中、選挙期間中ね。それでなきゃ連絡は取れない。それと、やっぱり選対というか、会議が裏も表も含めて、会議が必要だったんです、毎日ね。ケータイが普及してから、もう会議なんていらなくなりました。
で、はっきり言えば、ぼくは選挙カーに箱乗りしながら支持を出すということもできるようになったので、もう会議なんていらなくなったんですよ。だから選対なんかいらなくなった。まあ、ボランティア選挙の場合ね。だから、そういう意味ではケータイは大きかったです、革命をおこしました、選挙については。
それに次ぐのは今回のネットの解禁だと思っています。
だから、はっきり言ってぼくは選対なんて作ったことはないんです。
選対というのは、だいたい組織図ができるんだけど、ぼくは「選対責任者」だとか、何とかといって肩書つけて選挙をやったことはないです。いつも、一ボランティアでしか選挙やったことがないんです。
私
ネットにもよく出てきますけど、その週刊文春にも書いてありましたが、一番ひっかかるのが、荒岱介(あらたいすけ)さんとの対談で、「選挙をやる目的な何か」と…
斎藤
革命です。
私
ええ、革命ですと、別々の時に語っているんですが、ポルポト政権の支援したと、毛沢東思想、いうことが別々だけど、それが結びついている。
この情報はいろいろなところで拡散しちゃってますか…
斎藤
ぼくは、テロっていうか、なんていうかな、暴力的にやられたことはあるけど、僕から暴力を受けた人間は一人もいないと思います。ていうか、絶対にいません。
ぼくは、あのー、武装闘争というとあれだけど、革命のために武器を使うって事に関して、世界的に言うと否定できません。
それ以外に方法がないという、つまり選挙がないっていう、公正な選挙が無い国っていうのはいっぱいあるんですね。
ぼくは実は、フィリピンの反マルコス革命(エドゥサ革命)の時は現場にいました。
荒さんとの対談でも、その話はしてますけど、ポルポト支持というのは事実ではありません。
ぼくが、ベトナムのカンボジアへの侵攻に対して反対した事は事実です。その時は、世界中が当時の民主カンボジア政権を国連も含めて支持したんですね。これはベトナムの侵略だっていうことで…。
当時は僕はだから、共産党以外、自民党から当時、自民、公明、社会、民社含めて、共産党はダメだったけど、それ以外全部の政党の人には参加してもらって、
「カンボジア記念センター」というのを田さんを事務局長になってもらって、つくった事は事実ですよ。
実際にタイとカンボディア国境に行って、医薬品だとか着るものとか、食料だとか運んで難民救援してたことも事実ですよ。その時、アグネスチャンが協力してくれたんですけどね。
その時は、別にポルポトだけを支持してたわけじゃないです。シアヌーク派とかソンサン派とかあって、全部接触しました。あそこの国境地帯に物を届けるためには、その人たちの了解というか、取らないと入れなかったんです、あとダイ軍ですね。ここと繋がんないと入りようがなかったんです。
当時、園田さんという人が外相してて、その人と話をして大使館にも協力してもらって、そういう活動していたのは事実です。
それを随分叩いてくれたのは共産党なんだけれども、共産党こそが、実はインドシナの革命を全部支援してて、その時はポルポト政権を含めて支援してたというふうに僕は思っている。で、ぼくは逆に、ベトナムがカンボディアに入るまでカンボジアとの付き合いは一切ありません。ただし、ベトナム反戦運動は必死でやってました。というのが経過としては事実ですね。
まあ、ポルポト派の幹部とも会ったことはあります。ポルポトさんとは会ったことはないですね。イエン・サリとかの奥さんというのが外務担当だったんで会ったことはあります。シアヌークさんとは直接折衝しました。
私
シアヌーク殿下?
斎藤
はい、だから手紙を何度かもらったことはあります。
私
結構、曲解されて広がってますね。
斎藤
ただ、ぼくはそのカンボジアが、ポルポト政権が、300万人虐殺したとかは、あまり信用してないんです。
私
ああ、そうなんですか。
斎藤
ええ、これを誰が言い出したかを考えたらいい。
ベトナムとアメリカですね。
これは、もうはっきり言って誰にもわからないことです、今となってはね。
ただ、あの当時、事実の問題として、アメリカがあの地域、カンボジアを含めてですが、ものすごい爆撃をしたわけです。北もカンボジアもですね…。
カンボジアは当時、800万人と言われてたんですけど人口が…。そのうちの300万人以上が農村が爆撃されるもんだから、ゲリラ以外はみんな当時のプノンペンに逃げ込んだんですね。で、解放というかプノンペンを解放したのはいいけど、350万人の人間がみんなプノンペンにいて、農村はモノも作れない状態に置かれたわけです。しかも、封鎖されちゃったから外からの食糧もない。そういう中で強制労働だとかいろいろ言われてるけど、食糧がなかったことは事実だと思ってるんですよ。
だから、死んだほとんどの人は、飢えとマラリア、病気だと僕は思ってるんですよ。だから、何とかしたかった。あの時にモノ持って行ったのも、そういうことなんですよね。まあ、それを言われてるのかもしれないですね。ベトナム、カンボジア戦争が起こるまでは一切、カンボジアとの付き合いはないです。
私
後は、週刊文春にも載ってまして、いろんなところに載ってますが、ハイジャック犯と拉致加害者との間に生まれた森大志氏を三鷹市議選に担ぎ上げた、ネット情報では、金正日に一億円持って行ったんだと…。
斎藤
ウソですから、ありえないよ。
そんな金があったら、僕は選挙に使いますよー。日本の革命のために使いますよー。そんな金があったら今回新党できてるから…。
私
ハイジャック犯に会えたという事が怪しいと…。
斎藤
簡単な話で、別に会おうと思えばいつでも会えます。誰でも会えます。飛鳥麻さんが会おうと思えば会えます。
で、別に北に渡航することはできます。僕が行ったのはですね、小泉訪朝の前なんですよ。小泉訪朝の前一回だけなんです。
その頃は、実は拉致の問題は表に出てませんでした。日朝国交正常化が、ある意味では政界のブームになっていて、まあ、金丸訪朝団とか覚えているかわからないけども、自民党の金丸さんとか、当時の野党第一党の社会党の田辺とかですね、与野党一緒になって、日朝国交正常化に動いてた時なんですね。
ぼくのオヤジは今の韓国の南で生まれてるんですね。生まれて42まで向こうにいた人間で、もちろん日本国籍で、元々は日本にいたんですけれど、植民地になった初期のころに、直後だと思いますが、その時に僕の爺さんが渡ってて、まあ、それはアエラにも出てますけども、オヤジにいつも自慢話を聞かされてたわけですよ。逆にいうと、いかに日本人が朝鮮人をだしに、良い思いをしてたかっていう事をずっと聞いて育ったわけですよ。
だから、まあ、はっきり言って植民地支配ということに関していうと、ぼくは沖縄と韓国、北朝鮮には20世紀の間は行ってないんですよ。一回、トランジットでヨーロッパに行くときに、韓国にちょっと寄ったことはあるけど、その頃は重武装で南北対立が激しくて…。
ぼくは、やっぱり、この二つに対して、どうしても「関わると大変だなあ」というのがあって、と行かなかった
怖くて20世紀の間は行きませんでした。
初めて21世紀になって沖縄にも行くようになったし、金大中さんが政権と直前だったかなあ、彼の国際会議に招かれて行ったんです。
それで韓国は見たので、北朝鮮も見たいなと思って行きました。ちょうど国交正常化の機運がすごい高まっている時だったので、非常に行き易い時期でもあったので行ったんです。
その頃、よど号とみんな会ってたんですよ。青年の船でも、ピースボートでも、とにかくもう、みんな会ってたんですよ、会いたい人はね。おれも昔、学生運動やってて、彼らと知ってる人もいたから、繋がってる人もいたから、「会いたい」と言ったら会えたんですよ。
その時に、ちょうど彼らの娘、3人の娘が、あとで20何人いるというのは後でわかるんですけど、その時に子供がいるという話が出てきて、3人の娘に向こうで会ったんです。
そのうちの一人が大志くんのお姉さんだった。会って話して、その子たちが帰ってくるということで、ぼくは、一宿一飯というか、うまい冷麺の店に連れてってもらって、案内してくれたっていうこともあって、そのうちの一人が大志くんのお姉さんだった。
いろいろ話もしたんで、「日本にもし帰ってくるなら連絡して」という事を言って、で、帰ってから、よくカラオケへ連れてったり、したんですね、お姉さんたちを…。
そういう事で繋がりができて、どんどん後から帰ってきたんだけど、その弟に大志くんがいたんです。
なんで選挙に出たのかというのは細かい話になるけど、実は僕のところに「選挙に出たい」という若い二人が訪ねてきた事があるんですよ。
で、そのうちの一人がですね、実は、これあのう、自民党が一番持ち上げている、産経新聞が一番もちあげている
台湾で一番尊敬されている日本人といわれる人がいるんです。
八田與一(はったよいち)さんで、調べてもらえばわかりますが、すばらしい人ですよ。
その親戚筋の子が一人きたんですね。で、その子がたまたま税理士試験を受けてたんですよ。で、そういえば、もう一人いたなということで大志くんのことを思い出した。
大志も税理士試験を夜間の大学に通いながら、税理士試験を頑張ってやってて、で思い出したのね、彼のことを。
まあ、仕事もなかなか見つからないというし、苦労してるというのもあったんで、「もしやるなら選挙やってみるか」と声をかけた。というだけの話で、ぼくはその時も言ったんだけど、民主党にも国会で叩かれたので言ったんだけど、親はハイジャック事件に関していうと、「間違ってた」と言ってるよ。
拉致に関して言うと、勝手に第一次安倍政権の時そういう事を言ったけど、本人は否定している。でもまあ容疑者である。確定しているわけでもなく、事実はぼくは知りようがない。
で、僕が一番あれなのは、親が容疑者であろうが、犯罪者であろうが、それは橋下くんもそうだし、もっといえば、こういうこといっちゃいかんけど、安倍総理のお祖父さんは間違いなく戦犯ですよ。
もっといえば、まあ東条英機は自殺したけど、戦犯で巣鴨にいながら命を助けられて、で、CIAからカネもらったことは、これは証拠がある事実じゃないですか。CIAのエージェントだったと、公文書が証明して証拠もある。CIAのエージェントで、それで総理にまでなった。でも、だからといって安倍さんが選挙に出ちゃいけないという事はないわけですよ。
お父さんはよくしってて、晋太郎さんてスゴイいい人だった。関係ないのさ、親がどうであれ、親がどうだから子供がどうのこうのというのは、俺はおかしいと思う。
彼は少なくとも知ってて、付き合ってみて素晴らしい青年だと僕は思っていて、それが親のあれで苦労してたら、やっぱり助けたいというのは自然なわけで、ぼくは、そういう若い子たちがとにかく選挙に出て政治に関わることは、すごく大事なことだと思う。
まあ、その子と二人、八田與一の縁戚の子と彼を両方とも三鷹に出したんです。今でも二人、めっちゃ仲いいですよ。だから、僕はそれは全然問題ないことだと思っています。
私
拉致被害者家族の人たちから、スゴイ言われ方してますよね。
斎藤
だけど、家族に人たちにそれを知ってほしい。
逆に本当に立ち問題解決するには、ぼくはずっと言ってるんだけど、最も有効な方法は…、
今、なんで飯島くんは、飯島元秘書官は、何で北朝鮮に行き、今も接触しているのかと僕は言いたい。
何のためですか?と。それはやっぱり解決のためでしょ。で、僕はずっと言ってるんだけど、最も拉致問題を解決するのに、今、有効な方法は、やっぱり国交正常化と絡めて交渉するべきだと僕はずっと言ってるわけ。
やっぱり国交正常化はどうしてもするべきだし、もし、あそこに、もともと38度線というね、第二次大戦の負の遺産がなければ、拉致問題なんて起こりえなかったんだから…。
やっぱり、そこを何とか解決することが、一番根源的な解決だし、二度とこういう問題が起こらないようにするには究極的にはそれしかないんですよ。
38度線が無くなる日を一日でも早くする。直接的にいうと、日朝の国交正常化の交渉を進めることですよ。
国交正常化したらね、拉致問題は隠しようがなくなるんだから…。
北がよ、いくら情報統制したって、今ケータイだって向こうにあるわけだし、自由に往来ができるようになったら、誰が生きてるか、残っているか、もし、生きていればですよ、もう隠しようが無くなりますよ。
ぼくは、そう思ってるから…。
たとえばヨド号の人たちが、そのために役に立つことがあれば、使えばいいと思う、はっきり言って。
そこに関して言うと、大志くんが選挙に出たことと、拉致の問題に関しては何の関係もないけども、北朝鮮とあらゆる方法、あらゆるパイプを持って、信頼関係を少しでも築いて交渉するべきだと、ぼくは思っています。でないと、いくら制裁したって、制裁だけやってたら絶対に無理。言ってるじゃないですか「対話と圧力」だって、安倍政権だって。それは、もう外交の「いろは」ですよ。
私
そのヨド号ハイジャックの子供だとしても全然関係ないですね。
そういう人も選挙に出し…、斎藤さんがいろんな人を、市民を政治家に仕立て上げるじゃないですか。
斎藤
仕立て上げるっていうのもおかしい。本人がやりたくなかったら無理だから…。
私
なんというか、さっきの続きなんですよ、これは。
市民を仕立てあげるじゃなくて、市民が市民ための選挙。
自民党は業界団体とか官僚とか、民主党は組合とか、私は「柵(しがらみ)」という表現をするんですけど、そういうのじゃない、やっぱり市民がボランティアとカンパでね、そういうふうな方向で政治にいかないと世の中の政治は変わらないんだと、仰ってますよね。それは結局、選挙を通じた世の中の革命だと…。
斎藤
僕は、はっきりと革命だと思います。
私
それをしたいということですね。
斎藤
何を革命するかという、簡単な話で、革命とは何かということなんです。
僕がさっき言ったように、まともな選挙が無い国で、武器を持つ人たちがいることを僕は否定できません。
僕にはできない。はっきり言ってそんな度胸もないし、死ぬのもイヤだし。人を殺すのはもっと嫌だから…。僕にはできないけど、そういう人たちがいることを否定できません。もっと言えば「テロ」に関しても、ボクは否定できない。
荒さん(との対談の)時にも言ったけど、例えば911に関して、ぼくは全国の自治体で、あの時に抗議決議が上がったんだけど、ぼくは「市民の党」の公認に通った人たちに言いました。もし、それに賛成するんだったら、市民の党を辞めてほしいと…。
なぜか。
じゃあ、アメリカがやってることはテロじゃないの?
国家テロでしょ、これは。
で、それに対して同調する人たちが、第三者っていうと悪いけれども、それを巻き込むのは間違いだとぼくは思ってるから、それ以外に抵抗できない人たちが自爆テロをやる事に関して、ぼくはそれを否定できない。
まあ、ある意味でいうと最後に神風特攻隊で死んでいった若い人たち、多くは志願じゃないけど、中には志願して死んでいった若い人たちもいたわけじゃないですか。
僕はそういう人たちの話も聞いているんで、僕にはできないけど、ぼくは志願できないと思うけど、それは否定できないんですよね。
でも、革命って、要は、社会的な富の不公平な配分、ごく一部の人たちに不当に富が集中するっていうことが、ぼくは社会のっていうか、世界の大きな問題の根源だと思っているわけ。今の世界の最大の問題ってそれなんですよ。
私
99%と1%ということですよね。
斎藤
まあ、8割ですよ。
1%から2%の間の人たちが、あまりにも大きな富を集中してる。これが世界の経済破綻の根源ですよ。で、革命ってのは、肝心な話、これを再配分することだと僕は思うから、一番、基本的には僕がやりたいことは、それだけなんですよ。
私
なるほど、その理想とする、今の現状の日本の政治とか、いろんな「しがらみ」があるんですけど、斎藤さんが理想とするもの、社会主義とか…。
斎藤
社会主義なんて、ぼくは、はっきり言って「社会主義とは何か」ということを、説得力を持って言える人はいないと思ってるんです。
私
日本は社会主義だとある時期言われてましたが…。
斎藤
誰も見た事ないんですから…。社会主義なんて世界で実現したことは無いんだから。
日本くらい先進国で社会的な富の再配分がうまくいった国って実は無かったんですね。それは1950年代から1980年代までの、日本の右肩上がりの経済成長で証明したわけ。だけど、これが社会主義とは言えません。
これを国家社会主義だという人もいるけど、社会主義だとは思わない。
すごく民主主義だったんですね。で、これは何が一番大きかったというと、今の憲法の事をいろいろ云う人はいるけど、僕は戦後の革命っていうかね、日本が戦前と戦後で一番変わったのが、税制だと思っているんです。
これは「シャウプ税制」って呼ばれているんですけど、1930年代の世界大恐慌の中で、その発端であったと同時に一番最初に抜け出したのがアメリカ合衆国だったんですね。
これは何によってそれが可能なったかとよく云われるんですけど、「ニューディール政策」ですよ。
で、ニューディール政策って公共事業と言われてますけど、実は公共事業だけじゃないんですね、公共事業と大衆減税を組み合わせたんですよ。だから効果があったんです。非常に加速したわけですね。
だから、一番最初にあの大恐慌から抜け出したんです。でも、実はそれでも、あのニューティールをやった人たち、まあ、ニューディール左派と云われる人たちなんですけど、「ピューリタニスト」ですよ、清教徒たち。
ニューディール左派って云われた人たちは、実は占領軍とともに日本に来たんですね。いろんな人たちがいたわけなんだけれども、今の憲法を作った人たちもそうだったんだけれども、まあ、シャウプさんという学者さんが、アメリカでも実現出来なかった税制を日本に持ち込むんですよ。
それが「総合累進課税」、俗にシャウプさんの名前から「シャウプ税制」と云われてます。これは、世界で最も先進的な税制だっと思います。総合累進課税として。
いま総合累進課税を、算盤しかなかった日本でですよ、できなかったことも今はパソコンがあり、コンピュータのスパコンがあるんだから、マイナンバーまで入れちゃうんだから、あの総合累進課税の思想と精神を今の日本で入れたら、デフレなんて一発で解消できると僕は思ってるんです。
総合累進課税というのは、消費、所得、一番ここだ大事なんですが、資産まで含めて累進でトータルで課税するんですよ。
ぼくは今、一番大事なのが資産管理だと思っているんだけれども、実は消費税を入れた時には、こういうことが言われていたんです。
消費、所得、資産に渡って薄く広く課税すると…。
だけど、資産課税は一回「土地課税」をやったけど、結局すぐになくしてるんですね、資産課税は実は全然やられてないどころか、全く野放しの状態なんです。
不動産はあるけれども、金融資産に関しては全く課税されないんですね。
資産課税をしなければ、社会的な富の再配分はできないですよ。
革命っていうのは簡単な話で、資産に土地も含めてですよ、大金持ちの資産を没収するんですよ。没収して、貧乏人、小作人には土地を与えて、金持ちから没収したおカネを配るんですよ。
毛沢東がやったのは土地改革なんですけど…
ぼくは菅さんに大ゲンカした時に提案したのは、「とにかくデフレ脱却を3年間でやろう」とそのためには20兆円の減税をしないと、需給ギャップは埋まらないと、デフレっていうのは、要するに需給ギャップがおこることなわけで、供給に対して消費が足りないってことがデフレなわけですよね。
今、それが20兆と云われてますが、逆にいうと、20兆円をもっとも消費性向の高い低所得者層、資産が無い層に減税すれば、ほぼ確実にデフレ脱却できるわけですよ。
彼はそんなことは「財政がきついからできない」というけど、結果をみれば明らかですよ。自民党より財政をもっと悪化させてるじゃないですか。
はっきりさせればいいわけ、僕が言ってたのは、マイカード(マイナンバー)に関しても入れるべきだと、まあその時はマイカードとは云わなかったんですけど、(「国民総背番号制」)、今回のマイカードは逆に金融資産は把握できないんですよ。所得だけなんです。しかも余計な個人情報ばっかりとるんです。
そんな必要はないんで、一番大事なのは所得と同時に金融資産を把握すればいいんです。スパコンとすべての金融資産がオンラインで繋がっているんで、歳入庁作って、そこにスパコンを置いて、金融機関のオンラインと繋げば、敢然に把握できるんですよ。まあ、そういう提案をしたわけ、菅さんにね。
彼は、ほとんどOKしたんだけども、ダメだったのは消費税の生活必需品の非課税化、それと金融資産課税を否定した。
この二つが肝なんですよ。
この肝がダメだった彼は。
それ以外でも俗にいわれる「トービン税」為替課税ですよね。
ようするに海外資産から逃げるということを阻止し課税するということ、もっというと課税の具体的な税制改革の対案はぼくにはあるんだけど、細かくなっちゃうから言わないけど、鍵はね、1%に集まっている400兆円、これは僕の推測。
これは政権とってもね、絶対に出してこないわけ。
金融資産、約1500兆円のうち、キャッシュだけ金融資産だけで1億円以上持っている人間が何人いるのか。
それから分布はどうなのか。課税の税率を決めていかなければいけない。ぼくは高度の累進性で資産課税するべきだと思っているわけ。
たとえば1億円の人は0.01、つまり10万円でいいということですよ。
100億の人は1億、1割かけちゃえ、と金融資産ね。
1000億の人は200億かけてとったていいと。
使い切れるわけないんだから。
だから高度の累進性にすべきだっていうのがぼくの意見で、僕の推測では400兆以上ある、1%の人々が…。
だけど絶対に財務省は出してこない、政権とっても出てこない。それがどのくらいのカーブなのか、絶対に出てこない。これが最大の秘密なんですよ、この国の。だけど1500兆あることは確か。ぼくは土地資産には課税する必要はない、デフレだから。
だから、この金が土地に回ってもいいわけ、投資に回ってもいいわけ、もっといえばね。金融資産に課税しちゃって、たとえば企業買うんだったら、それは消費税で入ってくるから。逆に消費税は生活必需品をゼロにできれば、20%まで上げてもいいと思っている。ただしデフレが脱却した後。
デフレまでは20兆、恒久減税しちゃうわけ。デフレ脱却したら消費税を段階的に上げていくと同時に金融資産課税をやる、断行する。
そこをはっきりすればいいわけですよ、事前に、「こうしますよ」ということを言って、そうすれば、確実に財政再建の計画は立つわけだから、これで円が暴落したりはしないと。株が暴落したりは、一般的にはしないはずだと思っているんです。
(以上、書き起こし)
後半映像
7/25 ②斎藤まさし氏インタビュー(ネットメディア初)2013
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