秋元康は昨年のAKB48グループの東京ドーム公演に先立ち、メンバーたちに次のような訓示を行った
「AKBに必要なのは常に壊すこと。
何かが出来上がるとそこで成長が止まります。
だからAKBは壊し続けます」
7年間、東京ドーム公演を夢見た14歳の少女たちが、その夢を実現した。
最初は誰からも振り向かれず、路上で自分たちの公演のチラシを配っても受け取ってもくれなかった時、メンバーの誰もが、信じることもできなかった事を、秋元康は確信していたのだろうと思う。
「AKBに必要なのは常に壊すこと。
何かが出来上がるとそこで成長が止まります。
だからAKBは壊し続けます」
7年間、東京ドーム公演を夢見た14歳の少女たちが、その夢を実現した。
最初は誰からも振り向かれず、路上で自分たちの公演のチラシを配っても受け取ってもくれなかった時、メンバーの誰もが、信じることもできなかった事を、秋元康は確信していたのだろうと思う。
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秋元の詩は、彼女らに対するメッセージであり、常に彼女たちを励まし、元気づけ、頑張れとエールを送り続けた内容になっている。
22人から始まった初期メンバーは、東京ドーム公演というその夢を実現した時には6名になっていた。
この6名だけが信じ続けることができたメンバーであり、秋元康に騙され続けてきたメンバーだったともいえる。
そして、東京ドーム公演は何よりも、AKBにおける絶対的エースを守り続け、センターであり続けた前田敦子の卒業式でもあった。
秋元康の数々の名作詞の中でもダントツなのが、美空ひばりに提供した「川の流れのように」だろう。
昭和64年(1989)という昭和最後の年、新たな時代の幕開けの年に、どちらかというと時代の流れに逆らわず、流れるままに身を任せる、という予定説、ひとの人生はある程度最初から決まっていて、どんなにあがいても、どんなにもがいても、既にあたなの人生の絵図はできていて、決定されているんだ、とも思えてくる内容である。
だから、今までどんなに苦しいことがあったとしても、どんな容姿に生まれようが、どんな環境に育とうが、その人自身に必要な人生なのだ、というふうにこの詩を改めて読み直すとそう思えてきた。
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そして平成に入って、新たな「川」がAKBの「RIVER」という曲で概念づけられることになる。
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川は流れているが、その流れに身を任せるのではなく、前に進むためには渡らなければならないものだ。
どんなに大きく、そしてく深く流れが速い川でも向こう岸は必ずあるんだ。
自分を信じろ、振り返るな!
自分に言い訳するな!
やってみなけりゃわかん!
まず一歩 踏み出せよ!
願い 叶う日が来るまで
とにかく川を渡れ!
これを渡れば、きっと未来が拓けるはず。
そして、とうとうAKBは7年間思い続け、闘い続けてきた結果、第一段階の目標を達成することになる。
それが「夢の河」という楽曲である。
参照:(資料ブログ)
■秋元康の「川」シリーズ:「川の流れのように」、「RIVER」、「夢の河」
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「川」は「河」となり、「夢の河」となって渡りきることできた。
ただ流れる川は、見るものではなく渡るもの、乗り越えるものとなって、ようやく向こう岸につくことができた。
誰もがそれぞれの希望の舟を漕いでいて、遥か彼方に見える向こう岸も、その思いの強さ、諦めない心、思い続けることができたなら、きっと、必ず、向こう岸に着くことができるんだ、ということをAKB48は私たちに教えてくれる。
AKB48グループ全体の総監督になった高橋みなみが、常に口にする言葉は「努力は必ず報われる」である。
そして、「自分の人生でそのことを証明する」と事あるごとに言ってきて、デビュー7年目にして実現した。ユニバーサルミュージックから「ソロ歌手デビュー」の個の夢を、東京ドームという、全体の夢だった舞台で同時に叶えることになる。
この夢の舞台、東京ドームはもう一つ、AKBの「コンセプト」そのものであり、「顔」であり「象徴」だった「前田敦子」が卒業ということで最後の舞台となっていた。その前田がとうとう「川」を渡り切り、「夢の河」の最後の歌詞、「夢が叶ったら迎えに来るよ」という、先陣を切って自分の夢に近づくために諦めずに歩き続けて切り拓いていく、という決意の言葉に繋がっている。
最初の秋元康の言葉に再び戻ると、
「AKBに必要なのは常に壊すこと。何かが出来上がるとそこで成長が止まります。だからAKBは壊し続けます」
これを小沢一郎に当てはめると次のようになると思う。
その前に、秋元康と小沢一郎の違いは、AKBは成長段階の過程であり、満足してしまった時点で成長が止まり、目標に到達できないから、常に走り続ける必要があるので、そのために壊し続けなければならないという。
一方、小沢一郎の理念、目標は既に固まっていて、それをどう実現するかで闘い続けている。その理念を実現するために、結果的に多くを壊さなければならなくなり、また既得権益層からの反撃で壊さざるを得なかった、ということが大きな違いがある。
AKBメンバーに訓示した秋元康の言葉を、小沢一郎の言葉に当てはめて考えると次のようになると思う。
「小沢一郎の改革実現に必要なのは、常に闘い続けること。諦めたらそこで全てが終わってしまう。だから我々小沢一郎の価値を知った者、小沢一郎の理念に共感する者、小沢一郎の改革を実現させたいと思っている者は、常に闘い続けなければならない。」
これは、知った者に運命づけられた事であり、宿命である。
参照動画:(資料ブログ)
■TOKYO DOME~1830mの夢~徹底討論!
田原総一朗、小林よしのり、宇野常寛、中森明夫、濱野智史
参照書籍:
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*****秋元の詩は、彼女らに対するメッセージであり、常に彼女たちを励まし、元気づけ、頑張れとエールを送り続けた内容になっている。
22人から始まった初期メンバーは、東京ドーム公演というその夢を実現した時には6名になっていた。
この6名だけが信じ続けることができたメンバーであり、秋元康に騙され続けてきたメンバーだったともいえる。
そして、東京ドーム公演は何よりも、AKBにおける絶対的エースを守り続け、センターであり続けた前田敦子の卒業式でもあった。
秋元康の数々の名作詞の中でもダントツなのが、美空ひばりに提供した「川の流れのように」だろう。
「川の流れのように、おだやかにこの身をまかせていたい」
昭和64年(1989)という昭和最後の年、新たな時代の幕開けの年に、どちらかというと時代の流れに逆らわず、流れるままに身を任せる、という予定説、ひとの人生はある程度最初から決まっていて、どんなにあがいても、どんなにもがいても、既にあたなの人生の絵図はできていて、決定されているんだ、とも思えてくる内容である。
だから、今までどんなに苦しいことがあったとしても、どんな容姿に生まれようが、どんな環境に育とうが、その人自身に必要な人生なのだ、というふうにこの詩を改めて読み直すとそう思えてきた。
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*****そして平成に入って、新たな「川」がAKBの「RIVER」という曲で概念づけられることになる。
「行く手阻(はば)むRiver! 橫たわるRiver! 運命のRiver! 試されるRiver!」
「迷いは捨てるんだ!根性を見せろよ!ためらうな! 今すぐ一歩踏み出せよ!」
「前へ前へ! まっすぐ進め!川を渡れ!!」
「君の目の前に 川が流れる広く大きな川だ。暗く深くても流れ速くても怯えなくていい。離れていても向こう岸はある」
「闇の中を ひたすら泳げ!振り返るな!」
「君の心にも 川が流れるつらい試練の川だ。…時に溺れても繰り返せばいい。あきらめるなよ、そこに岸はあるんだ。」
「失敗してしまっても、流されてしまっても、やり直せばいい。弱音吐くなよ。夢にしがみつくんだ願い叶う日が来るまで。川を渡れ! 」
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*****川は流れているが、その流れに身を任せるのではなく、前に進むためには渡らなければならないものだ。
どんなに大きく、そしてく深く流れが速い川でも向こう岸は必ずあるんだ。
自分を信じろ、振り返るな!
自分に言い訳するな!
やってみなけりゃわかん!
まず一歩 踏み出せよ!
願い 叶う日が来るまで
とにかく川を渡れ!
これを渡れば、きっと未来が拓けるはず。
そして、とうとうAKBは7年間思い続け、闘い続けてきた結果、第一段階の目標を達成することになる。
それが「夢の河」という楽曲である。
「夢の河を渡った舟が静かに岸に着く」
「深い霧の中をランタン灯しながら、きっときっと夜のその先に目指してた場所」
「夢の河は過去から今へ、今から未来へと流れてる」
参照:(資料ブログ)
■秋元康の「川」シリーズ:「川の流れのように」、「RIVER」、「夢の河」
*****
*****「川」は「河」となり、「夢の河」となって渡りきることできた。
ただ流れる川は、見るものではなく渡るもの、乗り越えるものとなって、ようやく向こう岸につくことができた。
誰もがそれぞれの希望の舟を漕いでいて、遥か彼方に見える向こう岸も、その思いの強さ、諦めない心、思い続けることができたなら、きっと、必ず、向こう岸に着くことができるんだ、ということをAKB48は私たちに教えてくれる。
AKB48グループ全体の総監督になった高橋みなみが、常に口にする言葉は「努力は必ず報われる」である。
そして、「自分の人生でそのことを証明する」と事あるごとに言ってきて、デビュー7年目にして実現した。ユニバーサルミュージックから「ソロ歌手デビュー」の個の夢を、東京ドームという、全体の夢だった舞台で同時に叶えることになる。
この夢の舞台、東京ドームはもう一つ、AKBの「コンセプト」そのものであり、「顔」であり「象徴」だった「前田敦子」が卒業ということで最後の舞台となっていた。その前田がとうとう「川」を渡り切り、「夢の河」の最後の歌詞、「夢が叶ったら迎えに来るよ」という、先陣を切って自分の夢に近づくために諦めずに歩き続けて切り拓いていく、という決意の言葉に繋がっている。
最初の秋元康の言葉に再び戻ると、
「AKBに必要なのは常に壊すこと。何かが出来上がるとそこで成長が止まります。だからAKBは壊し続けます」
これを小沢一郎に当てはめると次のようになると思う。
その前に、秋元康と小沢一郎の違いは、AKBは成長段階の過程であり、満足してしまった時点で成長が止まり、目標に到達できないから、常に走り続ける必要があるので、そのために壊し続けなければならないという。
一方、小沢一郎の理念、目標は既に固まっていて、それをどう実現するかで闘い続けている。その理念を実現するために、結果的に多くを壊さなければならなくなり、また既得権益層からの反撃で壊さざるを得なかった、ということが大きな違いがある。
AKBメンバーに訓示した秋元康の言葉を、小沢一郎の言葉に当てはめて考えると次のようになると思う。
「小沢一郎の改革実現に必要なのは、常に闘い続けること。諦めたらそこで全てが終わってしまう。だから我々小沢一郎の価値を知った者、小沢一郎の理念に共感する者、小沢一郎の改革を実現させたいと思っている者は、常に闘い続けなければならない。」
これは、知った者に運命づけられた事であり、宿命である。
参照動画:(資料ブログ)
■TOKYO DOME~1830mの夢~徹底討論!
田原総一朗、小林よしのり、宇野常寛、中森明夫、濱野智史
参照書籍:
AKB48白熱論争 (幻冬舎新書)
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