8月15日を「終戦記念日」として誤魔化し「無条件降伏」という厳しい現実から目をそらしてきた日本と直視したドイツの大きな違い

今日、8月15日は「終戦記念日」で、日本人の多くは「戦争が終わった日」と教えられてきた。

孫崎享氏の著書には、「戦艦ミズーリー」の船上での「降伏文書」に署名した日、9月2日が本来の意味での「終戦」なのだという。

Shigemitsu-signs-surrender.jpg
(重光葵政府全権・外務大臣が「降伏文書」にサイン 1945.9.2)

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その辺を次のようにツイートした。




「戦後史の正体」には次のように書いてある。

≪「日本は負けた。無条件降伏した」
本当はここから新しい日本をはじめるべきだったのです。しかし「降伏」ではなく「終戦」という言葉を使うことで、戦争に負けた日本のきびしい状況について、目をつぶりつづけてきた。それが日本の戦後だったといえるでしょう。≫

(25p)

「降伏文書」自体を一応見てみることにする。

 下名ハ茲ニ合衆国、中華民国及「グレート、ブリテン」国ノ政府ノ首班ガ千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ発シ後ニ「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦ガ参加シタル宣言ノ条項ヲ日本国天皇、日本国政府及日本帝国大本営ノ命ニ依リ且之ニ代リ受諾ス右四国ハ以下之ヲ聯合国ト称ス

 下名ハ茲ニ日本帝国大本営竝ニ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本国軍隊及日本国ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ノ聯合国ニ対スル無条件降伏ヲ布告ス

 下名ハ茲ニ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本国軍隊及日本国臣民ニ対シ敵対行為ヲ直ニ終止スルコト、一切ノ船舶、航空機竝ニ軍用及非軍用財産ヲ保存シ之ガ毀損ヲ防止スルコト及聯合国最高司令官又ハ其ノ指示ニ基キ日本国政府ノ諸機関ノ課スベキ一切ノ要求ニ応ズルコトヲ命ズ

 下名ハ茲ニ日本帝国大本営ガ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本国軍隊及日本国ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ノ指揮官ニ対シ自身及其ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ガ無条件ニ降伏スベキ旨ノ命令ヲ直ニ発スルコトヲ命ズ

 下名ハ茲ニ一切ノ官庁、陸軍及海軍ノ職員ニ対シ聯合国最高司令官ガ本降伏実施ノ為適当ナリト認メテ自ラ発シ又ハ其ノ委任ニ基キ発セシムル一切ノ布告、命令及指示ヲ遵守シ且之ヲ施行スベキコトヲ命ジ竝ニ右職員ガ聯合国最高司令官ニ依リ又ハ其ノ委任ニ基キ特ニ任務ヲ解カレザル限リ各自ノ地位ニ留リ且引続キ各自ノ非戦闘的任務ヲ行フコトヲ命ズ

 下名ハ茲ニ「ポツダム」宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト竝ニ右宣言ヲ実施スル為聯合国最高司令官又ハ其ノ他特定ノ聯合国代表者ガ要求スルコトアルベキ一切ノ命令ヲ発シ且斯ル一切ノ措置ヲ執ルコトヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス

 下名ハ茲ニ日本帝国政府及日本帝国大本営ニ対シ現ニ日本国ノ支配下ニ在ル一切ノ聯合国俘虜及被抑留者ヲ直ニ解放スルコト竝ニ其ノ保護、手当、給養及指示セラレタル場所ヘノ即時輸送ノ為ノ措置ヲ執ルコトヲ命ズ

 天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス

千九百四十五年九月二日午前九時四分日本国東京湾上ニ於テ署名ス

大日本帝国天皇陛下及日本国政府ノ命ニ依リ且其ノ名ニ於テ
重光葵
日本帝国大本営ノ命ニ依リ且其ノ名ニ於テ
梅津美治郎
千九百四十五年九月二日午前九時八分東京湾上ニ於テ合衆国、中華民国、聯合王国及「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦ノ為ニ竝ニ日本国ト戦争状態ニ在ル他ノ聯合諸国家ノ利益ノ為ニ受諾ス
聯合国最高司令官
ダグラス、マックアーサー
合衆国代表者
シー、ダブリュー、ニミッツ
中華民国代表者
徐永昌
聯合王国代表者
ブルース、フレーザー
「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦代表者
クズマ、エヌ、ヂェレヴィヤンコ
「オーストラリア」聯邦代表者
ティー、ユー、ブレーミー
「カナダ」代表者
エル、コスグレーブ
「フランス」国代表者
ジャック、ルクレルク
「オランダ」国代表者
シェルフ、ヘルフリッヒ
「ニュー、ジーランド」代表者
エス、エム、イシット


東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室データベース

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「戦後史の正体」が解説している。

≪降伏文書には
「日本のすべての官庁および軍は降伏を実施するため、連合国最高司令官の布告、命令、指示を守る」
「日本はポツダム宣言実施のため、連合国最高司令官に要求されたすべての命令を出し、行動をとることを約束する」ということが書かれています。日本政府は「連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう」ことを約束したのです。≫



当時の新聞には次のように報じていた。

署名された降伏文書
(毎日新聞1945年09月02日)

≪日本のポツダム宣言受諾により、無条件降伏に関する文書の調印式が東京湾の米戦艦ミズーリ号上で行われた。日本側の代表は、重光葵外相と参謀総長の梅津美治郎陸軍大将だった。これにより、太平洋戦争は正式に終わった。≫



戦艦ミズーリ号の秘話」として次のようなものがあるらしい。

≪マッカーサーは降伏調印の舞台を整えるのに知恵を絞ったと言われている。
(秘話1)戦艦ミズーリー号を100年前のペリー提督の旗艦ポーハタン号が停泊した場所に停泊させた。
(秘話2)式中ミズーリの甲板は2枚の星条旗で飾られた。1枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物、もう1枚は1853年の 黒船来航時にマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物であり、90年越しの勝利として日本に屈辱を与えた。 ホワイトハウスから運んだ、2枚の星条旗は、はるばる3日かけて運ばせたものであった。≫



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次の動画では、カナダの代表が緊張のあまりサインする場所を間違え、各国のサインがズレてしまって、代表たちは祝勝会に入っていて戻ることができず、日本側は「これでは枢密院を通らない」と訂正を求めている模様が映し出されている。
そして、其の訂正で時間がかかり、本来は日本代表が船を降りてから、祝砲とともに飛行機のパフォーマンスがあるはずだったようだが、日本側代表がいる内に飛行機が飛んできてしまったというハプニングが起きている。



先ほどの秘話は7まであるが、その4で時間的にも計算し尽くされていたことがよくわかる。

≪(秘話4)日本側の重光葵代表の足が不自由であることを予測して、ハッチから乗船して調印場所までの歩む時間を何度も計らせて 調印のスケジュールのシミュレーションを行った。そして8時56分に日本代表団を船に着けさせたが予定よりも2分遅れて9時2分に式 が開始され、10分間のマッカーサーの演説を含め、9時26分に調印式は無事終了したという。この調印式は23分間に渡って世界中に放送された。≫




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最後に本日のメインである孫崎氏の本には書かれていない「敗戦後の日本とドイツとの違い」を講演会で話されているので、今日は其の部分をピックアップしてみたい。

≪日本よりもかなりドイツは厳しかったんです。

ドイツは敗戦後、国はなかったんです。

4つの、アメリカ軍の支配、フランス軍の支配ソ連軍と分割されましたから。

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これが永遠に続くかもしれないと思われたんですから。

その中でドイツ人は、どうしたら自分たちの国をつくれるか、どうしたらドイツ人は誇りが持てるかと一所懸命考えたんです。

その内の一つは、もう一回、これがドイツだと言ったら全部が潰しにかかる。
だから、ヨーロッパの一人として自分たちが動くんだということをアピールすることによって、ヨーロッパ人になるということがドイツの生き方だという、東アジア共同体みたいなことをまず最初にやった。
国を無くされたからこそ、真剣に国のあるべき姿を追求し始めた。

そうやってドイツは国というものができた。

ところが日本の場合には、一番最初に、生き延びるためには、いかにアメリカに迎合するか、というところからスタートした。

ということで、後々の政治家に非常に大きな違いが出た。≫



戦後の向き合い方で、日本とドイツでは大きな差が出ていることがよくわかる。

そして質疑応答で「今後の日本について」孫崎氏が次のように答えている。

≪日本には基地がある。イラクには基地が無くなったんです。

世界の中で外国の基地があるなんて国はほとんどない。日本以外にはそうそうない。

オサマビンラディンがアメリカを攻撃したのは、サウジに米軍があったから。

結局は、いいか悪いかは別にして、911の後、サウジには米軍がいなくなりました。

だからやればいいというわけではないが・・・。

やっぱり我々はもう少し自主、日本の国の安全にしろ外交は我々が考える。

我々が、そう考える人を支援しようということ。

一番いい例が鳩山さんを支援すべきだったんですよ。・・・≫



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鳩山さんの名前が出て会場がざわついたが、日本の総理で初めて「県外または国外」と米軍基地をどうにかしようとある意味真剣に取り組んだことは評価できると思っている。

ここでも孫崎氏の一番の害悪だと言っていたマスコミがネガティブキャンペーンをはり、防衛省と外務省は梯子を外し、財務官僚が国税を通じて協力して検察も動き出すという、米国のポチたちが総動員して鳩山氏を追い込んだことは記憶に新しいし、忘れてはいけない。

小沢一郎氏の追い込まれ方も同じで、宗主国アメリカに楯突くと歴代の自主独立派のように排斥されるのが、植民地である日本の現状だ。

今、最も目立つ「米国ポチ」が、経団連の米倉会長だろう。

「米国の奴隷」と化している「米国ポチ」をドンドン可視化して、本来の自主独立を目指さなければならない。

先日ツイッターで流れてきた情報で、米国は積極的にポチを製造しようとしているようで、記憶に新しいのは共産党の代表が初めてアメリカに行ったという志位さんが、帰国後、腑抜けになったのが印象的だが、官僚だけではなく政治家も短期留学しているということだ。




『たむごんの白熊ニュース』にはその辺を詳しくエントリーしている。
菅直人アメリカ国務省留学プログラムに参加 意外な政治家も

インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム
政治・経済・文化等、各分野のリーダーによる3週間の米国研修

参加者一部抜粋

政治家一覧の中で、【インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プルグラム参加者】。管理人が気になった人物を特にマーキング。与野党、政党問わずにいますね。この一覧、閣僚クラスが多いので、他にも政治家いそうですね。

千葉 景子 江田 五月 枝野 幸男 福島 みずほ 鳩山 由紀夫 広中 和歌子 保利 耕輔 細川 護煕 海部 俊樹 菅 直人 神崎 武法 小池 百合子 中川 秀直 中野 寛成 中山 太郎 野田 聖子 鈴木 俊一 武部 勤 若林 正俊 山崎 拓



孫崎氏の本の中には、米国と闘ってきた真の日本人がいる。

そして今も、闘いのど真ん中に小沢一郎と「国民の生活が第一」の議員たちがいるのである。





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コメント

非公開コメント

難しい御託を並べてあくまでも日本に"落ち度が無い"と自棄を起こしたがるJAP
茲に"ゆとり"が表されているんですネ全くチンp… イヤ進歩が成り立ってないですねェー
<唾吐捨>

すこしまとめてる情報が古いと思います。大まかには間違っていませんが、終戦時のベクトルの方向違いは意図的でしょうか?

もう少し近代史を勉強された方が良いかと思います?

うほっ!
ドイツを見習えですか、何ツー周回遅れ!
周辺国といがみ合ってたり
虐殺問題とか未解決だったり
電力不足だったり
兵器を売りまくったり
(お隣の某国のSSはドイツ製)
日本も一部見習うとするか(^^)

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