「小沢取材の「勘違い」(東京新聞)

東京新聞に「新聞を読んで」という毎週日曜日に掲載されるコラムがある。
小沢さんに対する取材のありあたを問うもので、興味深かったので貼っておくことにした。

小沢氏取材の「勘違い」
奥村信幸(立命館大学准教授)

別に小沢一郎さんが「真っ白」だとは思わない。

権力の真ん中で生きてきたのだから、それなりのことはしていよう。
しかし、政治資金をめぐる裁判の報道は、やはりおかしいと言わなければならないっ一部の大手メディアは「推定無罪の原則」を踏み越えている。彼に対する「欲求不満」をぶつけているかのような論調も目立つ。「欲求不満」報道は決まって、「小沢さんがネツトメディアを優遇している」と批判する。

だが、これは筋が違う。

ネツトメディアやフリーランスが小沢さんの味方をしているのでもない。
小沢さんは二十年も前から「記者会見のオープン化」をうたい、一九九三年に立ち上げた自由党では、誰でも取材ができた。民主党代表の時も「政権を取ったら会見はフルオープンで」と明言していた。
だから今も、何かと制限を加えそうな記者クラブが相手ではなく、「自由報道協会」などを選んでいるだけで首尾一貫している。
それがネツトで生中継されるだけのこと。新聞やテレビは、そこまでする気がないだけだ。

だから本紙も含め「インターネツトの番組に出演し」と書くのは適切ではない。そこには、医統的な記者クラブ加盟社限定の場で、
なぜ会見をやらないのかという「傲慢さ」が透けて見える。

小沢さんは昔からテレビのインタビューでコメントを切り取られるのを嫌い、生放送など編集の恐れがないものを選んで取材を受けてきた。長い付き合いの新聞やテレビは、それを十分ご存じなのだから、問題の四億円の出所や政治責任について、じっくり聞きたいのなら、単独取材を申し込めばよい。

これに対して、「刑事被告人の一方的な主張を垂れ流すわけにいかない」「どうせ受けるはずがないから、取材は申し込まないのだ」などの説明を聞いたことがあるが、緻密な質問を繰り出しさえすれば何の問題もないはずだ。小沢さんが断れば、
「取材に応じず逃げている」と批判できる。

しかし、そのようなアプローチを新聞やテレビが積極的に行っているのを少なくとも私は見たことがない。
かくして、ホームグラウンド以外での取材を余儀なくされている記者は、小沢さんを全く追い込めていない。
「ルールが違う」と文句を言うのは「負け惜しみ」というものだ。

 一部の報道は、会見のルールなどの「障害」を言い訳に「質問をはぐらかした」などと、一緒くたに批判している。そのような醜悪な記事は、本誌にはない。逆にこういう問題が「あたかも存在しないような」報道ぶりだ。

しかし、原発問題で、これだけ明確な立場をとっている新聞だkらこそ、何か言ってもらいたい気もするのだが。






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